北九州発の終活情報誌
「もしもの広場」
おばあちゃんの嫁入り
「何だかね、このままじゃ可哀想でね・・・どうにかならんかねぇ」
打合せの冒頭に喪主が発した言葉は、抗ガン剤治療の副作用で髪が抜け落ちてしまった亡き母を気遣ってのものでした。 自分を産み育ててくれた母親。それ以上にその人は「ひとりの女性」なのです。苦しい闘病生活と、その苦しさを物語る抜け落ちた髪。 「カツラを被せてあげたい。用意はできる?」喪主であるご長男は、ニット帽で頭を隠したその姿に、生前の母親との違いを強く感じていたのだと思います。 喪主はお参りに来るご親戚や友人の方にも今の母親の姿をあまり見せたくはない様子。
私たち葬祭業者のすべき事は、喪主のこの不安を取り除くことでした。
一昨年公開された映画「おくりびと」をご存じの方も多いでしょう。
「納棺師」を題材にした映画でした。納棺師の技術には、ご遺体の洗体と保全、そして映画の中で最も印象的だったお化粧などがあります。 この納棺師さんに協力してもらいました。
「カツラで隠すより、自然な感じにしたい。綿花を使って白無垢姿に出来ない?先に他界しているおじいちゃんのところに二度目の嫁入りをさせてあげたい。」私の提案に納棺師さんはビックリしていましたが、私は本気で提案していました。
喪主にも説明して了解をもらいました。綿花で作った白無垢を着せ、綿帽子で髪を隠す。唇に紅を引き、頬もチークでほんのり桃色に染めてもらいました。
とてもかわいい八十歳の花嫁。納棺を終えて、喪主に花嫁姿の母親の姿を見てもらいました。しばらく無言で棺の中を覗き込んだ後、喪主の表情が和らいでいきました。 その後の通夜では、喪主が常に棺の傍らにいて母親の姿を見てほしいと参列者に声をかけていました。
涙を浮かべる人、笑顔で覗き込む人、どの人も喪主からの説明を頷きながら聞いていました。葬儀後の出棺のときも、遺族・親族だけでなく友人・知人が棺の周りに集まり、皆さんでお別れの花を手向け、賑やかな出棺となりました。
葬儀の時間は大幅に延びてしまいましたが、不満を口にする人は誰ひとりいません。葬儀の場ではありますが、おばあちゃんの「二度目の嫁入り」です。
たくさんの人に見守られながら、かわいい花嫁衣裳でおじいちゃんのところに嫁いでいくおばあちゃん。参列者全てが参加した葬儀。
そして、とても温かな嫁入りだったと思います。
花嫁衣裳のおばあちゃんは少し照れくさかったかも知れませんが、おじいちゃんと幸せになってくれることを皆が願い、確信した葬儀でした。